物心がついた頃から、電話というもの嫌いで仕方なかった。電話は流れを強制的に切断する。会話、睡眠、読書、映画、思考、そんな貴重な時間を無粋にも遠慮なく断ち切る。「お前は何様だ?」と憤りを感じていたためか、大学生になるまで携帯電話すら持たなかった。正直、大人になった今も携帯電話の電話部分に憎しみすら覚えている。
電話はいつだって突然鳴る。よく小説なんかで「そのとき突然電話が鳴り出した」なんて表現を見かけるが、そんなの当たり前だろうと興醒めすることもしばしば。そんな代物だけに、私のなかでは電話に出るプライオリティが非常に低かった。
知人と話をしている最中に電話が鳴っても出ないし、読書中や映画を観ているときはマナーモードにするのはもちろん、バイブレーション機能も切る。考え事に耽りたくなったら迷わず電源を切る。電話に、今行なっていること以上の価値があることなんて無い。そう思って生きていた。
しかし社会人になって、この世界が電話に支配されていることを知った。ホワイトカラーとして働き出した人なら、おそらく最初の段階で電話の出方について教わるだろう。「電話はワンコールで出ろ」ってやつだ。
頭を使う業務をしていても、電話が鳴ったら何よりも先に、誰よりも先に出る。それが評価されるポイントだ。この当たり前に慣れるまで、ずいぶんと時間がかかった。いや、ウソだ。いわゆる社会人となって10年以上経つがいまだに慣れないし、こんな当たり前はクソ喰らえと思っている。
大事な意思決定をするための会議中に電話に出る。部下から深刻な相談を受けている最中に鳴った電話に出る。趣味の合う人と話が盛り上がっている最中に鳴った電話に出る。
電話が終わった後、この人たちは大抵こう口に出す。
「で、何の話だっけ?」
こういった人たちは例外なく、軒並み生産性が低い。当たり前だろう。少し進んではまた振り出しに戻って話しはじめるのだから。さっさと意思決定すれば皆が前に進めるのに、こういった手合いのせいで仕事が滞る。
目の前で電話に出られた方は、めんどくさくなって説明を省いたり、もういいやと投げやりになる。結果、大いなるムダが生まれる。生産性を上げろって口酸っぱく言ってるけど、本気で上げようとしてんの? あなたのせいで生産性が落ちてるの、気づいてる?
人前で電話に出る、ということの意味をもう一度考え直したほうがいい。それは、目の前の人より突然鳴った電話のほうが大事だとアピールしているのと同義だ。
よく考えてみると、突然鳴る電話が何よりも優先される理由はほとんどない。特に仕事先の電話はそうだ。かけてくる側は用事があるからかけるのだが、かかってきた側は大抵用がない。コミュニケーションのギャップが大きいのだから、思いが噛み合わなくて当たり前なのだ。つまり、突然鳴る電話に出なければならない理由がない。
普段まったく連絡を取り合わない故郷の親からかかってきたら、たしかに不安にかられて思わず出てしまうことはあるかもしれないが。よくこういったエピソードを何よりも優先して電話に出るタイプの人間は言うが、人生で一度でもそんなことがあったのだろうか。
長々と憤りを撒き散らしてしまったが、言いたいことはシンプルだ。
目の前の人を無視して電話に出るな。
あと、上司は部下の話を最後まで聞いて、意思決定を下してから電話しろ。あんたのせいでみんなの生産性が落ちる。本当に生産性を上げたいなら電話に出るな。
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